
Recent News.
よく考えてほしい。
そんな実力もない、たいしたことのない自分がこれは有効だ、これは無駄だとなぜ判断できるのだろう。
そんな力はないはずだ。
これは勉強だけでなく、仕事でも言えることだ。
弁護士になったばかりのころ、コピー取りばかりやらされたことがある。
私は「コピー取りをするために弁護士になったのではない!」と、不満が日に日に強くなっていった。
そんなとき、年輩のある経営者からこう言われた。
「今、与えられた仕事で一番になれ。
それが日本一の弁護士になる早道だよ」。
私は頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
そのとおりである。
なぜ私がコピーを取らされているのか、その理由があるはずだ。
そのコピー取りの仕事における「ゴール」と「全体像」を考えなければいけなかったのだ。
それによってコピーの取り方だって違ってくるはずだ。
たかがコピー取りだと考えていた自分を恥じた。
のちに、自分が人の上に立つようになって初めて気づいたのだが、コピーの取り方ひとつでその人がどれだけ仕事ができるか、一瞬でわかるものである。
顧客に差し出す大事な資料であるにもかかわらず、ゆがんだままコピーを取っても平気な人には、雑な仕事しかできない。
それに、私は新米の未熟な弁護士だ。
与えられた仕事さえきちんとクリアできないそんな低いレベルの自分が、この仕事は自分に向かないとか、こんなつまらない仕事をしていても無駄だと判断できるわけがない。
そんな判断をすること自体、非常に傲慢なことではないか。
発展途上の自分なのだから、本来はまだ判断できるレベルにはない。
自分には無駄とか有効といった判断ができる能力はないと思わなければいけないのだ。
与えられたものは有効なはずだと信じて、その前提で全力を投入して取り組む。
そうすれば得られるものがあるだろう。
そうでなければ、身につくべきものが身につかない。
人はもっと謙虚にならなければならない。
謙虚であれば必ず何かが吸収できる。
とくに未熟なうちは、その謙虚さが大切なのだ。
しかし、謙虚になるのは意外に難しい。
とくに年齢を重ねれば重ねるほど、謙虚さを維持していくのが困難になる。
私の塾には中高年になってから司法試験をめざそうという人もやってくる。
20代の若者と机を並べて同じスタートラインで勉強することに抵抗があるのだろうか。
妙に斜に構えてしまって、素直に講師の言うことを受け入れられない人がいる。
たとえば私はマーカーや色鉛筆でテキストを色分けする勉強法を教えている。
だが、どういうわけかマーカーを使わない人がいる。
色分けさえしておけば、全体像や具体例、重要なことなど、一目瞭然でわかるのに、そのアドバイスを受け入れず、スッと鉛筆でアンダーラインを引く程度にとどめてしたぶん、若者よりはたくさん生きてきて世の中のことをわかったつもりになっているので、自分より年下の者の言うことなど、バカらしくて聞けないのかもしれない。
「先生はそう言うが、それはどのことでもないだろう」「世の中、そんなに簡単にわかれば苦労しないよ」だが、本当にそうだろうか。
そういう本人が実は何もわかっていないことに気づいていない。
20代の若者よりたかだか20~30年だけ長く生きてきただけである。
たったそれだけで、世の中をわかった気になるのはいかがなものだろう。
たとえば30年、40年会社勤めをしたからといって、会社のことがすべてわかるだろうか。
そんな勘違いをすること自体、会社のことが全然わかっていない証拠かもしれない。
世の中には自分が知らない世界や知らない社会が山ほどある。
自分が知っているのは世の中のほんの一部だ。
自分にはまだまだ知らないことがある。
そういう健全な謙虚さが必要である。
私もつねに、謙虚さを忘れないよう自分を戒めている。
謙虚ささえあれば、本を読んだり、話を聞いたりしたときも、「え?そんなことがあるの?」と新鮮な驚きをもって、新しいことを吸収できる。
赤ん坊が一日一日、驚異的なスピードでものを覚え、成長していくのは、何にでも興味を持ち、まっさらの状態で吸収していくからである。
成長はそこから生まれる。
息抜きは三時間と決める勉強には「有効な無駄」があると言った。
発展途上の自分には無駄か、有効かの判断がつかないから、安易に無駄だと切り捨ててはいけないとも言った。
だが、何でもかんでも受け入れていたらどうなるだろうか。
たしかに自分には判断する力がないが、かといって無駄ばかりしていては時間がいくらあっても足りない。
本当の目標にたどりつく前の仮の目標ですら、クリアできなくなってしまう。
ここが難しいところだ。
時間は限られている。
寄り道ばかりしていたらタイムアップしてしまう。
だが「有効な無駄」もときには必要だ。
だから無駄をするとしても、その中から、ある程度セレクトしなければならないだろう。
その基準になるのは何だろうか。
ずばり、それは自分の感性や好奇心である。
試験の合格や点数アップなど、仮の目標にはまったく関係ないことでも、自分の内なる感性や好奇心がそれを欲しているなら応えてあげるべきである。
自分の感性や好奇心は、理性や頭で考えたときのものとは違って、心の中からわきあがってくる。
つまり本来の目標により近い指向性を持っていると言える。
自分が心から欲するものは、本当の目標に役立つ何かである可能性が高い。
自分が興味を持ち、好奇心をかきたてられるもの、どうしてもやりたいと思うものがあれば、その気持ちを抑えるべきではないと私は思う。
私も司法修習生時代は講義をさぼり、憲法の本や小説を読みあさっていた。
目先の試験や授業には何の関係もない本だったが、私が成長していくためには必要な「有効な無駄」だったと思っている。
ただ「有効な無駄」をする場合、気をつけなければいけないことがある。
それは何か?「有効な無駄」を勉強の苦しさから逃れる口実にしてはいけないと試験に合格するとか、資格を取るといった仮の目標をクリアするのはときとしてとても苦しい。
その苦しさから逃れたいがために、ほかのことをやって、「これは本来の目標を達成するために必要なことだ」と言い訳にしてしまった経験はないだろうか。
急ぎの仕事が目の前にあるのに、そんなときに限ってむしょうに小説が読みたくなったり、家の掃除をやりはじめたりしてしまう。
今やらなければならないことを放り出すのは「有効な無駄」ではない。
仮の目標を達成するための勉強がおろそかになるのだったら、「有効な無駄」は本末転倒だ。
人間はやすきに流れやすい生き物である。
仮の目標とは関係ないことをやっているときは、これが逃げや口実ではないかを、つねに自分で意識する必要がある。
でもどうやって?そこで私はこんなことを考えた。
時間を区切ってやるのだ。
三時間。
それが「有効な無駄」に割く時間である。
司法試験に関係のない本を読むにしても、部屋の掃除にしても、見たかったDVDにしても、とにかく三時間で区切りをつける。
どうだろう、そうやってメリハリをつけておけば、やすきに流され、怠ける口実にすることもなくなる。
「有効な無駄」を本来の目標に役立てることもできるし、やる気もアップするだろう。
仮の目標を突破する妨げにもならない。
「有効な無駄」を上手に使いわけながら、仮の目標を突破することができるのだ。
営業アウトソーシングの専門家の指南をうけてみましょう。最先端の営業アウトソーシングの登場です。
営業アウトソーシングは現代社会で重宝しています。断然おトクな営業アウトソーシングです。
営業アウトソーシングは現代社会で重宝しています。あなたに合った条件で営業アウトソーシングをサポートします。
営業研修対策にお困りですか?営業研修の総合検索サイトです。
営業研修にエントリーしてみませんか?営業研修と健康について説明致します。
ビジネス視点で営業研修を捉えてみました。営業研修キャンペーンを実施中です。
営業代行会社は人々を惹きつけます。営業代行会社の総合販売サイトです。
営業代行会社を使ってみましょう。営業代行会社のスタンダードです。
営業代行会社の失敗しない選び方を紹介します。営業代行会社にピッタリの可愛い名前です。
営業強化対策の予備知識が満載です。営業強化に関連した書きかけ項目です。
一生に一度の大切な営業強化です。営業強化のヒントをお教え致します。
営業強化だからから検索しているのだろうし、営業強化についての情報は重要です。
新規事業支援は世界各国で実践されています。新規事業支援キャンペーンを実施中です。
新規事業支援の真髄を極めてみませんか?新規事業支援を導入してみる価値はありますよ!
新規事業支援のお手伝いをのため、業界最大手の新規事業支援です。
正しい健全なキーワードが普及しています。今季大注目のキーワードが登場です。
超豪華なキーワードが集結しました。あなたにぴったりのキーワードが選べます。
このキーワードはパンチがありますね。断然おトクなキーワードです。