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筆者の考えでは、個性化教育とか個性尊重というスローガンは、画一的で定型的な教育、一律平等主義的な教育を批判する根拠としては明瞭であるが、その内実はむしろ空疎である。
空疎であるからこそ多様な教育観をもつ人々がスローガンとして一様に掲げることができるのである。
つまり、それ自体は特定の内容をもたない、いわば空集合のようなものであり、教育批判の根拠としてのみ意味をもつという性質のものであり、それが近年の個性化教育論における「個性」という概念の本質なのかもしれない。
それにしても、その空疎さ、空集合的特質は、ある種の危険性をはらんでいる。
というのは、その空疎さゆえに、具体的な教育改革案では、その改革案が依拠している教育観によってその内実を付与されることになるからである。
能力主義的な教育の多様化論は、その主要なものの一つであり、個人主義的な教育の自由化論もしかりである。
むろん「個性の尊重」が教育の基本的前提であるべきだという主張に異論はない。
しかし、それは具体的制度によって保障されるというよりも、日々の教育活動のなかで実現されるべきものである。
そのためにも、”尊厳としての個性”と。
可能態としての個性(実現されるべき個人の才能・適性やアイデンティティ)を概念的に区別することが重要である。
近年の教育改革は後者を重視し、教育の多様化を進める傾向にあるが、こんにち問われているのは、むしろ”尊厳としての個性”を基盤にした教育ではなかろうか。
それにしても、いまなぜ教育改革が時代の雰囲気になっているのだろうか。
それは、根拠のない無用の改革なのだろうか。
たぶん多くの読者は、そんなことはない、どのような改革かはともかく、なんらかの改革が必要なのではないかと考えるであろう。
その点では、筆者も同じである。
その理由ないし背景としては次の四つが重要である。
第一は、校内暴力、いじめ、不登校といった「教育病理」問題の噴出である。
これは、立場や主義主張の違いを越えて、「なんとかしなければならない」問題として、教育改革・学校改革の必要性を感じさせる基盤となってきた。
これらの「病理的」問題はいずれも1970年代後半以降に頻発するようになったものだが、それは人々に、”このように問題が頻発するからには学校や教育制度に何か問題があるに違いない”と感じさせるに十分なものであり、かくして、何もしないでこれを放置することは、道義的に認めがたいことと考えられるようになった。
その意味で、これは教育改革を道徳的に動機づけ、さらには、特定方向の改革や考え方を強制することになりがちである。
しかし、だからといってどんな改革でもしないよりましだということにはならない。
第二は、過熱する受験競争、管理主義教育、画一的教育、硬直的な教育制度など、日本の学校教育の特徴とみなされてきたものへの批判である。
受験競争の弊害、たとえば、暗記中心主義や詰め込み教育の問題性、通塾率の上昇と子どもの生活上の嗜み、内申書による生徒管理や偏差値教育の問題性などが、機会あるたびに批判の対象となった。
体罰や時代錯誤の校則、過剰な制服規制や生活指導が、個性を抑えるようになった。
学習指導要領や教科書検定制度、融通のきかない学年制や履修主義は、教育を画一的で硬直的なものにし、多様な個性の開花を妨げているとして批判されるようになった。
そして、それらすべてが、校内暴力やいじめ・不登校といった「教育病理」の背景になっていると論じられた。
第一の背景が改革を道徳的に動機づけるのに対して、この側面は改革の内容と方向を指し示し、その改善を掲げた改革プランを正当化することになる。
しかし、ここで注意する必要があるのは、この側面は、一見誰の口にも明らかなように見えるだけに、理想主義的な議論が通りやすく、改革プランの偏りが軽視され、改革が教育を実際にどう変えていくかということが十分に検討されないまま、現行制度のよい部分までも廃棄されかねないということである。
第三は、大規模な社会変化とそれへの対応の必要性である。
社会生活の諸領域で進むグローバル化の影響、コンピュータや通信システムの発展とマルチメディア社会の到来、国際経済の新たな展開のなかで要求される科学技術的人材や国際的人材の養成という課題、異文化交流の増大にともなって重要性を増してきた多文化教育や異文化共生という課題など、変化する社会がさまざまなかたちで教育に新たな課題を提起している。
それらの課題や要請に応えることは、学校教育の本来的な責務である。
かくして、この側面は学校教育に新たな内容を盛り込むという方向で、あるいはまた、そうした変化に対応できる柔軟で効率的なシステムへの再編という方向で、教育改革の動きを促進し、その方向での改革プランを正当化することになる。
しかし、この側面は、高等教育段階では新たなニーズに対応することは比較的容易であり、また、その必要性も大きいが、とくに中学校までの教育では、制度改革・組織改革で対応できることはきわめて少なく、カリキュラム改革にしても限られた授業時間を奪い合うことになりかねないだけに、教育方法や教科内容の改善・再編を中心に適切な検討と施策が必要である。
さらにその場合、先端的知識ほど陳腐化か激しいということにも往怠する必要がある。
この問題は、高校や大学の教育にもいえることだが、とくに基礎・基本の学習が学業面での基本的目的である中学校までの教育では重要である。
この点を見落とし、制度改革やカリキュラム改革を進めると、教育の構造をゆがめ、能力形成面での学校の機能の低下をまねき、学校現場にさらなる混乱をもたらすだけになりかねない。
第四は、生活様式と価値観が多様化するなかで教育に対する期待や考え方も多様化し、個性への関心や権利意識も高まってきたことである。
この側面は、管理主義教育や画一的教育への批判を助長し、個性教育や教育の多様化・個別化を支持し、あるいは、教育情報の公開や選択の自由を求める方向に沿った改革プランに価値的承認を与え、それを正当化することになる。
この側面は、ある意味では避けられない変化であり、その変化に対応する教育現場の責任は大きいが、カリキュラムやコースの多様化と学習の個別化については、高校以上の教育では適切な対応が望まれるが、中学校までの教育では単純に是認されるものではない。
それは、公教育の根幹に関わる問題、共通教育や共同学習の意義、教育機会の平等と開放性といった問題にかかわっているからである。
「制度疲労」と「規制緩和」がはらむ問題以上のような学校教育・教育社会の現状を考えるなら、いまなんらかの改革が必要であることは言うまでもない。
しかし、問題はなにをどのように改革するかである。
現在どのような改革が進められようとしているかを簡単に見ておこう。
すでにくりかえし述べてきたように、80年代の臨時教育審議会以降、教育改革の動きは新しい展開を遂げ始めている。
その展開は、90年代になって、バブル経済崩壊以降の危機感と経済改革や行政改革の動向とも相まって、ますます活発化しているが、そこには、二種類の検討すべき重大な問題がある。
一つは、「制度疲労」というメタファーと「規制緩和」という改革の基本的な方向である。
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